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2015年9月13日日曜日

「koryuの補足メモ帳」 第五回「未だマジカルならざるミライ」

 PBMの会の主要メンバー3名で、9月5日の『マジカルミライ2015』、初音ミクコンサートに行ってきました。「曲作りに必要なもの」の後編はいったん後回しにして、そのレポートをお届けします。筆者ことkouryuはPBMの会では作曲技術を担当しているわけですが、今回はむしろ本業の物書き、文章系創作者(自称)の視点から書かせていただきます。


 9月5日、午後5時半。長い列に並んで入場した武道館で見たのは、当たり前といえば当たり前ですが「普通のコンサートとは違う」光景でした。
 仮設の舞台上には噂に聞くディラッドボード、アリーナ席後方には音響機器のみならずミク制御用と思われる大量のコンピュータがずらりと並び、良くも悪くも違和感を醸し出しています。さらに舞台脇のスクリーンではクリプトンやその他のボカロ関係の宣伝CMが流れ、「ああ、やっぱりバーチャルアイドルのコンサートなんだな」という感じでした。
 やがて定刻になると会場が暗くなり、会場の皆が一斉に立ち上がってサイリウムを振り始めます。「よく教育されているなあ」と思いつつ、とりあえず自分もサイリウムを振っているうちに耳に飛び込んできたのは名曲『Tell your world』。同時にディラッドボードに初音ミクの姿が浮かび上がり、会場のボルテージは一気に上昇します。
「なるほど、最初に誰もが知っている定番曲を持ってきて会場を一体化させるのはアイドルコンサートとかと一緒だね。ひねりはないけど演出としては悪くない」
 などと考えつつ、見ていたのですが。
 が。
 そのまま二曲目、三曲目、四曲目とプログラムが進むうちに感じたのは熱狂ではなく、違和感でした。
「何これ?」
 ディラッドボード上でミクが踊り、跳ねる。脇のバンドメンバーのリアル演奏の楽器の音と共に、スピーカーからミクの声が響きます。確かにバーチャルアイドル・初音ミクが「科学の限界を超えて」リアルに降臨したかのようです。
 ですが、おそらくそれ故に思ってしまいました。
「別に、これなら人間のアイドルでもいいじゃないか」
 …………。
 …………。
 …………。
 書き遅れましたが筆者は初音ミクのコンサートは今回が初めてで、過去の映像をニュースや動画で多少見ていたのと、あとはkanikanさんからあれこれ聞いていた以外は大した前知識無しでの参加です。そして少なくともコンサートの前三分の一に関しては、筆者が無意識に抱いていた「バーチャルアイドルのコンサート」への期待をきれいに打ち砕くものでした。
 いや、技術的にすごいことをやっているのはわかります。
 というか、二次元画像をあれだけうまく立体的に見せ、さらにその中身であるいわば「電子人形」を違和感がないレベルで人の動きに似せて操るのに、想像を絶する手間暇と苦労があるのは実感ベースでわかります。
 でも、結局やっているのは「人間の真似」?
 それなら人間でいいじゃないか。
 そう、人間のように踊って、人間のように歌って、人間と完全に同じ土俵で勝負するなら、長丁場のなかであれこれ起伏を設け、演出を考えて全体を構成する「普通のアイドル」のコンサートの方が格上だ。(加えて当然、「ナマモノならではの迫力」もある)
 人間のマガイモノが人間を真似ても、所詮は劣化コピーにしかならない。人外を主人公に据えるなら、人外ならではの在り方、見せ方、魅せ方というものがあるだろう?
 いや人外オリジナルとまでは言わない、たとえばMV(ミュージック・ビデオ)というものがある。あれでやっているようなイメージ中心の謎演出をこの舞台でリアルタイムで見せたらどう? まさに「今宵一晩限りの夢舞台」として!


 とまあ、好き勝手ばかり言いましたが、おそらく本来、このコンサートは「架空の歌姫、共同幻想の象徴たる初音ミクが現実(リアル)に降臨した!」という事実自体に熱狂し仲間との一体感に酔いしれることができる人たち、つまりはファンに捧げられた祭りの場なのでしょう。それはそれでまったく問題はないのですが、しかし内心でそこを単なる通過点と見てその先を求めていた筆者にとっては、前述のようにいろいろと物足りない印象がありました。ただし中盤から後半にかけての幾つかの曲目、具体的には『ロミオとシンデレラ』あたりからはディラッドボードの上部に掲げられたスクリーンの映像とのコラボを始めて、そこからは割と楽しく見られました。「悪くないけど、自分だったら映像の下半分をディラッドボードの背後に入れて2D/3Dのコラボを狙うよなあ。あ、でも武道館だと三階席まであるから角度的に無理があるか」「歌詞が聞き取れないなあ(注:場所が右側スピーカーの前で、楽器の音にミクの声がかき消されがちでした。位置取り重要です)、やっぱり画面に表示してもらったほうがいいなあ。歌詞が踊り出してディラッドボードに飛び込んでミクと遊ぶとか面白そうだなあ」などなど、妄想を膨らませながらですが。


 このコンサートの題名は『マジカルミライ』ですが、文章媒体(主に小説)には「魔術的リアリズム」という言葉があります。作品世界に現実世界にはない架空の法則を放り込み、それをご都合主義抜きで厳密に運用し作品世界内で展開することで生まれる一種異様な迫真性、架空のリアリティのことです。
「本物(リアル)ではないが独自のリアリティがある」
 個人的に初音ミクが、というよりバーチャルアイドルが目指すべき当面の領域はここではないかと思っています。残念ながら今回のコンサートはマジカルなリアリズムに満ちたミライを、少なくとも筆者には見せてはくれませんでした。しかし、そうなる可能性もまた十分に見ることができました。ファンが初音ミクを応援し続ける限り(そして開発を続けられるだけの売り上げを出し続ける限り)、いずれは技術の進歩と演出の工夫がこのミライの扉を開いてくれることでしょう。
 そしてその時が、初音ミクというバーチャルアイドルが「これまで存在したことのない新たなジャンルの総合デジタルエンターテインメント」への昇華を遂げ、一般層にも広く認知され評価される時でもあるのだろうと、そんな風に思います。


(終)


[以下、余談です]
 演出における筆者の好みは「虚実、真贋の定かならぬもの」で、アニメだと『カレイドスター』や『マジカルエミ』がお気に入りと言えば、わかる人にはわかっていただけると思います。プロレスなんかもこの範疇に入ります。ちなみにバーチャルアイドルとしてよく言及されるシャロン・アップル(『マクロス・プラス』)は筆者に言わせれば逆効果の無駄演出が多くて不可(あとAIが人に惚れるな!)。
 魔術的リアリズムについては、『ジョジョの奇妙な冒険』の第三部について書かれたある漫画評が、読んだことのある人にはわかりやすいと思います。
「これはこれで面白いが、第一部・第二部に見られた魔術的リアリズムが失われつつあるのが残念だ」
(注:波紋=「架空のリアル」。スタンドになると一芸ネタのご都合主義の産物)

2015年7月5日日曜日

「koryuの補足メモ帳」 第四回 曲作りに必要なもの(前編) ~適当な曲、「私の曲」~」

「PBMの会」音楽技術担当のkouryuです。今回も前回に引き続いて音楽ネタでお送りします。
「初心者の曲作り」を主題にしているPBMの会ですが、わかっているようで意外とわかっていないのが「初心者と音楽経験者のどこが違うのか?」という点です。今回はその辺りに焦点を当てつつ、曲作りのためには何を意識するべきかについて紹介します。(注:特定の理論・学説に基づくものではないので、あくまで個人の意見としてお読み下さい)

●実は簡単な曲作り!?
 曲を作る、というと特殊な作業のように思う人もいるかもしれませんが、子供時代にピアノやバイオリンなどの音楽実技教育をしっかり受けた人種にとっては、実は大して特別なことでもありません。専門知識や技術が必要なのはむしろ伴奏(あるいは合奏)作りの部分であって、主旋律(メロディ)に関してはいわゆる作曲法を知らなくてもそこそこ何とかなるものです。たとえば、
「30分の間に8小節のメロディを作れ。出来は問わない」
と命令したとすると、「教育済み」のメンバーの大半はあっさりと作ってしまうでしょう。5分以下で済ます人も少なくないはずです。実際にこの文章を書くに当たって筆者の周囲の「できる」面々に改めて確認してみましたが、「まあ、本当に何でもいいなら作るけどさ。ただし完成度は期待するな!」というのが標準的な反応でした。
 では音楽教育を受けた人々は、揃って特別な才能の持ち主ばかりなのでしょうか?
 そんなはずはありません。例えばこの文章、我々が普段読み書きしている漢字仮名交じりの文章ですが、これは日本語を学ぼうとする外国人が揃って頭を抱えるレベルの強烈な難度のシロモノです。ですが小中9年間の義務教育を受けた誰もが当たり前にこれを使いこなす……そう、これは「難度が高くても、きちんと教育を受ければ皆ができる」種類のものであり、歌唱や楽器の演奏も基本的にはそれと同様のものだからです。
「機会がなかったから出来ないだけだ。全員が同レベルの音楽教育を受けていれば、やはり大半の人が簡単なメロディは作れる域に達したはずだ」
 これが筆者の意見です。
 しかし一方で、その「できる側」の人たちに単純に「作曲せよ」と言っても、「やったことがない」「できない」と即答されるという事実があります。その気になれば30分以下でメロディを作れるにも関わらず、です。
 ではここで前の「命令」を読み返してみましょう。
「30分の間に8小節のメロディ(旋律)を作れ。出来は問わない」
 そう、ポイントはこの「出来は問わない」の一言です。音楽の素養がある人々にとっても「適当に作れる曲」と「自信のある曲」は思いっきり別で、要するに前者はまともな曲とはみなされていないのです。

●経験者式データベース
 では、彼らが「出来は問わずに適当に作った曲」とはどんなものなのでしょうか?
・ありきたりな曲、平凡な曲
・当たり障りのない曲、耳に残らない曲
・どこかで聞いたような曲
・実際にどこかで聞いた曲(だなとうっすら思いながら「まあいいや」で作る)
 だいたいこんなところです。
 これらは要するに「頭の中のデータバンクから適当に取り出した曲」です。「××の素養」と言った場合、その意味するところの7割は「××に対する知識量」と言い換えてしまえますが、音楽教育を長年受けた人々は頭の中に相当に高度な音楽情報をため込んでいます(注:あくまで一般層との比較。プロはまた別レベル)。曲の数すなわち「量」よりも「質」の違いのほうが重要です。その違いの一例を挙げましょう。
「経験者は、聞き取った曲を単なる『録音された音声』としてではなく、五線譜化して音符単位に落とし込んで整理して記憶する」
「はぁ?」と思うかも知れませんが、「教育済み」でかつ一定レベルの音感を持つ者は、ほぼ確実にこれをやっています。一番近いイメージで言うと、一般人の曲の記憶が
「手書き文章をスキャナで読み込んでそのまま画像化した状態」
であるのに対し、素養のある人々の曲の記憶は
「画像からOCRで文字・単語を読み取って文字情報に置き換えて、いつでも編集できる状態」
にまで整理されているのです。しかもほぼ無意識、入力即変換で保管まで全自動です。当然ながら切り取り・切り貼り・合成改変、なんでもござれです。そしてこのたぐいの融通の利くデータが大量にある状態で「適当に8小節を埋める」のは……いわばカット&ペーストの延長なので、決して難しい作業ではないのです。

●プライドと独創と
 ではそんな彼らにとって「作曲」であるか否かはどこで判定されるのか。「作曲家(ボカロP等含む)」とは何が出来る人なのか。
 それはこれもよく聞く言葉、「独創性」であり、そして「完成度」です。たまたま耳にした者が振り向いて聞き入るような独創的なフレーズに、それを支える曲全体の完成度。これを備えた曲を作れる者のみが経験者たちから「作曲家」と呼ばれます。逆に言えば、彼らが「作曲はできない」と自ら言い切るのは、自分たちと作曲家の間にある溝の深さを明確に理解しているからであり、また同時に経験者としてのある種のプライド故とも言えるでしょう。こんな感じです。
 (1)オリジナリティがあり、人に聞かせられる完成度のもの以外は曲とは呼べない
 (2)適当に作ったありきたりな曲など、恥ずかしくて「私の曲」として人前には出せない
 (3)だから私は「作曲ができない」
 ただ、彼らがそう自覚しているということは同時に、
「高度な脳内音楽データベースは、作曲家になるための前提条件ではない」
ということでもあります。実はここに作曲初心者が食い込む余地があります。音楽教育で身につく能力と、「作曲家」として認められるための条件はまた別で、後者については初心者でも可能性があるということです。
 先ほどの二要素で言うと、音楽技術の習得が前提条件の「完成度」については当然「データベースの存在=アドバンテージ」なのでそのハンデを背負った初心者には「頑張って」と言うしかありませんが、「独創性」についてはありきたりの音楽学習から離れたところからも誕生します。
 では音楽教育では必ずしも身につかない「独創性」、これはいったいどこから出てくるのでしょうか?

~後編に続く~

2015年4月19日日曜日

「koryuの補足メモ帳」 第三回 ようやく音楽ネタの話

PBMの会」音楽技術担当のkouryuです。今回は当初の予定に戻って音楽ネタの話をお送りします。
 PBMの会では作曲入門の動画を製作していますが、曲作りを学ぶ方法論は一つだけではないわけで、ちょっと違った方向からの曲作りへのアプローチについて紹介します。
[マンガに学ぶクラシック作曲入門(?)]
●クラシックの勧め
 クラシック音楽というと、固いイメージを感じる人が多いと思います。つい正装して演奏会に行かなければならないような。クラシックというのは「古典」や「格式」を意味する言葉なのである意味それも当然なのですが、でも初心者が作曲を始めようという場合は、一度はクラシックに目を向けてみることをお勧めします。
 なぜか? というと理由は簡単で、
「教育用の教材が一番整っているから」
これに尽きます。
 ある文化ジャンルが世間に広まるには天才の存在が不可欠という説がありますが、クラシックというか西洋音楽の基礎は1700年代前半にバッハという天才が確立し、さらにそれに続く形で1700年代後半にモーツァルト、ベートーベンその他の怪物どもを大量に輩出したことで市民レベルにまで広がりを見せました。創生期に手塚治虫という正真正銘のバケモノが存在した日本のマンガが、さらに藤子不二雄や横山光輝やその他多数の「独力で一つのジャンルを切り開ける」面々の手によって世界でも稀な発達(※)を遂げて、その余波でアニメまで流行らせたのと同じ現象が起きたと思えばいいでしょう。
 そして、市民レベルにまで広まった文化が衰退せずに続く条件はただ一つ。
「高レベルの新作を生み出せる秀才を補充するために、大量の新規参入者を確保する」
 要するに、間口が広いことなのですね。マンガの場合はとにかく周囲に見本が山ほどあることに加えて教本も講座も専門学校まで存在し、さらに発表の場としての同人市場も広く商業の門戸も常に開いているという形でそれを保証しています。
 ではクラシックはどうかというと……世紀単位で続いた成果として、本当の入門者用の曲から「そこそこ難しい曲」まで、幅広く練習曲が揃っています(つまり音楽教室に通わないでも独学で何とかできる可能性があります)。そして易しく弾きやすい曲というのは、構造が簡単で仕組みを理解しやすい曲でもあるのです。
※:ちなみに現在でも世界の大半は「マンガは子供の読み物。大人が見るもんじゃない」です。日本は天才が居たが故の異端進化
●練習曲の勧め
 回りくどい説明になりましたが、そんなわけで易しく簡単な曲が揃ったクラシックの初歩の練習曲集は、作曲初心者の方にとっての「第一目標」の宝庫になります。試しに8~16小節ぐらいの曲を幾つかDTMソフトに打ち込んで聞いてみて、「このぐらいの曲が作れればいいんだな」と思えたらそれが第一歩だと思って下さい。
 と、このように説明すると、「俺が作りたい曲はこんな初歩の代物じゃねえ! もっとちゃんとしたものをやろせろ!」的なことを叫ぶ人がいるのですが、それは実は「俺は絵が描けねえけど××みたいなマンガを描きたいんだ! 描き方を教えろ!」と言うのと同レベルの主張だったりします。そう、作りたい作品(曲)の漠然としたイメージがあっても、それを具体化する方法論を持たないのが初心者です。とにかく何か一つ曲作りの方法論を模倣し理解し身につければ、その視点から高度な曲が「何をやっているのか」を理解できるようになり、さらにどの部分をどうパクれば自分の曲に応用できるかが見えてきます。しかし基礎がなければ……そう、人体のデッサンができない人には、マンガの登場人物を動かすどころかまともに模倣することすらできません。ジャンルを問わず、既存の技術を盗みとるためには最低限の基礎能力と知識が必須なのです。
 というわけで。
「第一歩目は必ず地道に」(注:才能の無い人限定)
 まずは練習曲から始めましょう。
●具体的には?
 具体的な対象ですが、ピアノだと「バイエル」という初心者用の王道の教本があるので、奇をてらわずにこれを見るのがお勧めです。インターネットで検索しても何曲かの楽譜がひっかかりますが、楽譜の出版業界はコピーが出回るせいで常に不況に喘いでいます。できれば業界へのお布施のつもりで、一冊ぐらいはきちんと購入してあげることをお勧めします。
 曲ではなくあくまでも「歌」に拘りたい人には、PBMの会は童謡の利用を推奨しています。小学校の教科書を引っ張り出すか、唱歌集を入手しましょう。童謡というと馬鹿にする人もいますが、例えば『赤とんぼ』の「夕焼け『小焼けの』」の部分のように、単純かつ綺麗で参考になるフレーズは注意してみれば山ほどあります。『通りゃんせ』を聞いて何か嫌な予感に襲われた人は多いでしょう。その気になれば高度な曲を簡単に作れる一流の作曲家たちが「音楽未学習の子供でも歌えて、しかも耳に残るフレーズを」という超難題に挑んだ結果なので、むしろ表面的な技巧に凝っただけのそこらの歌謡曲よりも遙かに本質的なノウハウが詰まっています。「ここがいい」と思った部分があれば、そこが「どんな音符がどうつながっているか(どう変化しているか)」を具体的に確認して自分で再現し、例えば別の歌詞を付けてみたりちょっとリズムを変えてみたりして、「自分のフレーズ」に作り替えましょう。それが山ほどたまってくれば、その組み合わせで曲が作れるようになる……かもしれません。
 頑張って下さい。

2015年1月11日日曜日

「koryuの補足メモ帳」 第二回 本編中で言っていないこと

 「PBMの会」音楽技術担当のkouryuです。今回は、本編中では細かく説明していない「当講座の前提事項」について簡単に触れておきます。
[全般]
●実はきちんと説明していないこと

(1)譜面の読み方

 ド初心者向けを前提に、作曲の手順を徹底的に具体的即物的に紹介していくのが、当『入門さえできない人のための作曲講座』のコンセプトですが、実は明言していない前提条件が存在しています。そう、

「楽譜(五線譜)の基本的な読み方はわかっていること」

 これが暗黙の了解です。例えば……。

・ドレミファソラシ(ド)という7つの音で構成される音階があり、その他に#(シャープ)や♭(フラット)をつけて表される、ピアノの鍵盤であれば黒鍵にあたる音が存在していること。
・ト音記号とヘ音記号というものがあり、音符と組み合わせて音の高さと長さを表現していること
・曲には小節という区切りがあり、例えば「4分の4拍子」の曲であれば、小節1つには四分音符4つかそれと同等の長さの音符が入ること

 等々、小学校の音楽の授業で習う内容についてはあえて解説していません。この程度は憶えている視聴者が多いであろうことと、また単純に講座が長くなってしまうからです。もし本当に全て忘れていて基礎の基礎から復習したいという人がいらっしゃいましたらご一報下さい。希望者が多ければ教養編あたりできっちり解説します。

(2)コードについて

 いま一つ、「コード(和音)」及びその派生の「コード進行」という存在についても、本編の講座では細かい解説をしていません。これの理由は、有り体に言うと「他の講座で腐るほど解説されているから」です。むしろ最初に解説すべき内容を放りだしてコードの組み方から教えるような本末転倒な講座が多すぎる(←私見)ので、そこは分業と考えて当講座では「コードを利用して具体的に何をすればいいか」という点のみに焦点を当てています。ただしコードの役割・効果に関してきちんと説明している講座は逆に意外と少なかったので、その点は『教養編・その1』のSection 3で解説しました。

 自分でコード進行を組み立てたい方は――少なくともこの講座の第四章の内容を修了するまでは決してお勧めしませんが――他の講座や教本を参照して下さい。当講座で扱う予定はありません。

2015年1月1日木曜日

「koryuの補足メモ帳」 第一回 とりあえずQ&A

 初めまして、kouryuと申します。「PBMの会」のメンバーの中では割とまともに音楽を習った経験があるため、技術担当みたいなことをやっております。いろいろあってこの活動に参加することになったのですが、クラシック系とはまるきり違うDTM独特の音楽世界に驚きつつも楽しんで学んでおります。


 この記事では音楽ネタの雑学的な話をしようかと思っていたのですが、動画につけられたコメントのなかで気になるものが幾つかあったので、まずそちらについてお答えします。
[全般]
●「音質の悪さ」に関して


 動画で使用している曲や歌の「音質の悪さ」や「音割れ」に関して複数の御指摘がありましたが、これに関しては明解な理由があります。


「『PBMの会』は全員が全員、DTMそのものについては素人です。専用の機材や高価なソフトもありません。DTM的にハイレベルな何かは、今後とも一切期待しないで下さい」


 ピアノ弾き、ドラム遣い、自分ではやらないが音楽関係のプロデュース経験がある者等々、表に出ていないメンバーも含めて音楽に親しんだメンバーは複数いますが、いずれもDTMは守備範囲外です。というか動画作りさえまともにやったことはありません。しかしそんな畑違いのメンバーで動画を作った理由も明解です。


「ごく初歩の曲作りのやり方に関しては、リアルの楽器でもDTMでも大差は無い」


 人間の指では弾けない曲もDTMでは鳴らせるので、レベルが高くなれば方法論にも差が出てくるわけですが(第一章後編のコメントで『サーカスギャロップ』を挙げていた方がいらっしゃいましたね)、その段階の解説は他の講座にお任せします。


 この講座は、「意欲はあるが音楽的な実力がまったく伴っていない方々」にとにかく曲作りを経験してもらい、ボカロP(あるいはDTM作曲家)への長い長い道にまず第一歩を踏み出してもらうことを目的としています。その方針に沿って、内容を分かりやすくすること以外の手間は極力省いていますので、ご了承下さい。
[第一章 前編『最低限の曲を作ってみよう』]
●13:00前後、コードの構成音の説明


「コードCの音はドミソなどと書かれているだけで五線譜上の高さの指定がない場合は、こちらのルールを参考にして配置して下さい」


 この解説がわかりにくいとの御指摘がありました。


 まず、ここの直前で指示された課題である


「コードを借りて来てそこに含まれる音符を書き出せ」


が上の解説抜きで出来る人は、綺麗さっぱり無視して下さい。無理に理解する必要はありません。というのもこの解説は、


「稀に不親切な解説本に『コードCの構成音:ド(C)・ミ(E)・ソ(G)』とか書いて済ませているものがあるな~、音符が書いていないと初心者には使えないだろうな~」


と考えて、そういう珍しい状況に出くわした場合の補足として付けたものだからです。


 他の講座や教本や適当な楽譜からコードを借りる時、そこに音符が書いてあって丸ごと写せるなら上の解説は基本的に要りません。というか逆に見ると混乱の元です。


 わかりにくくてすいません。

 他に何かご質問などありましたら適宜お寄せ下さい。音楽一般に関する質問でもある程度は受け付けます。