Forgerです。9月5日に、「マジカルミライ2015」(http://magicalmirai.com/2015/)へ当会の主要メンバーで行ってきました。という訳で、学術分析担当の観点から私見を述べさせて頂きます。
結論から言えば、今回のイベントは、「ボーカロイド」という「協創されたカリスマ」を象徴とする「集合的沸騰」により「聖なるもの」を顕現させる「現在進行形の神話」である、と言えます。
では、順番に説明していきましょう。
まず、「カリスマ」(ギリシア語: Χάρισμα、ドイツ語: Charisma)とは、預言者・呪術師・英雄などに見られる超自然的資質のことを指します。そして、この資質を持つ者による支配を、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーは「カリスマ的支配」と呼び、「支配の三類型」の一つとしました。
ただし、私がウェーバーと見解を異にするのは、「その資質が特定の個人に内在するもの」ではなく、「『個人に内在する』と社会的に構成されたもの」と考える点です。言い換えるならば、ある人物がカリスマとなるのは、その人物が特殊な資質を持っているからではなく、「周囲の人間がその人物にその資質があるかのように振る舞う」からだということです。
従って、「その人物に本当に特殊な資質がある必要はない」でしょう。それどころか、「その人物が現実に存在する必要すらない」と理論的には言えることになります。
今回のイベントで顕著な例を挙げるなら、9月5日の昼公演で、機器の不調により、鏡音リン・レンの映像が曲の途中で消えたことを「リンとレンが緊張のあまり曲の途中で倒れ、楽屋に運ばれた」という「説明」が考案され、共有され、観客がそのように振る舞ったという事象です。
つまり、「ボーカロイド」とは、その「存在」と「資質」を含めてイベント運営側と観客が「協力して創造する」、「協創されたカリスマ」だということです。
次に、「集合的沸騰」とは、フランスの社会学者エミール・デュルケームの提唱した概念で、宗教的儀式等の中で生じる人々の熱狂状態のことです。そして、この現象は宗教に限らず、ライブやスポーツなど、ある種の「カリスマ」を大勢のファンやサポーターが前にした時にも見られます。
何故なら、このような集合的陶酔状態は、人間が集団的行動に没入する際に必然的に生まれる社会的現象であり、そのような非日常的状態こそが、日常的状態である「俗」から区別される「聖」であり、宗教の基盤となる現象だからです。
今回のイベントで印象的な事象を挙げるなら、観客たちが振るLEDペンライトやケミカルライトの動きが徐々に同調していき、会場全体が一つの熱狂を孕んだ海となり、曲のリズムとボーカロイドのダンスに合わせて光の波が揺れる独特の時空を構成した瞬間でしょう。
つまり、「ボーカロイド」という「協創されたカリスマ」=「象徴」に陶酔的に参加することで、見知らぬ者同士であるイベント運営者と観客、観客と観客の間に不思議な「絆」が生まれ、「ボーカロイド」という「憑代」に「聖なるもの」としか呼びようのない何かが顕れたのです。
最後に、「神話」とは宇宙開闢や神々、英雄などの「聖なるものについての物語」を指します。スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは、すべての人間は、生まれながらの心理的な力(psychological force)を無意識に共有する(「集合的無意識」)と主張し、これを「元型」(archetypes)と名づけました。そして、異文化間の神話に見られる類似性から、この「元型が表現された一つの形態が神話だ」と論じました。
さらに、通常の場合、「神話」とは「始原」、即ち「歴史以前の事象」を指すことが多いです。実際、多くの社会において、神々や英雄が跋扈する「神話」と、人々が織りなす「歴史」とは区別されます。
そして、「祭り」とは、その「『神話』を『儀礼』として象徴的に再現すること」を指します。その「祭り」の中では、「神話」という「始原」が「聖なるもの」として顕現し、参加者に共有されることで「共同体」が活性化し、その「絆」が強化される訳です。
今回のイベントで象徴的な瞬間を取り上げるなら、アンコールのラスト、「ハジメテノオト」を初音ミクと一緒に観客全員で歌った瞬間でしょう。その歌詞が想起させる「初めての音」というイメージが「始原」という「元型」を活性化させる最中、「聖なるもの」そのものと化した「初音ミク」と共に、ボーカロイド黎明期の「名曲」をコンサート会場において、観客全員で陶酔しながら合唱する。
つまり、「ボーカロイド」を統合の象徴とする共同体の黎明期という「始原」=「神話」を「合唱」という形で儀礼的に再現し、「協創されたカリスマ」に「聖なるもの」が顕現することで、「素晴らしいコンサート」という新たな「神話」を生み出すということです。
このように、大学で宗教学を専攻した私にとって、今回のイベントは非常に興味深い事象に満ち溢れた、知的興奮を誘うとても楽しい経験でした。次の機会があれば、フィールドワークを兼ねてまた参加したいものです。